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「牧口常三郎」特集

【生涯編】8.獄中生活
  • 獄中での生活

牧口は、家族へ宛てた手紙のなかで、地獄のような独房を「三畳間、独り住まいのアパート生活です」と笑い飛ばしている。また「独房で思索ができて、かえって良かった」「心一つで地獄にも楽しみがあります」と。
食事は、はじめのうちは「タクワン、みそ汁、ご飯」だったが、戦局が悪くなるにつれて、ご飯には大豆、アワ、トウモロコシ、コウリャンが多くなり、みそ汁は塩水となり、おかずは茶がらとなった。しかも与えられる時間も、めちゃくちゃであった。朝食が午前十一時、昼食が正午、夕食が午後一時などという日もあった。
冬は、持病のひざが痛み、指も凍傷にかかるほどであった。それでも牧口は、「青年時代からあこがれていた本が読めるので、かえって幸いである」と、あくまで悠々と、臆することなく闘いを続けていったのである。
  • 殉教

牧口は、投獄されてからも、取調べの場で、検事らに堂々と宗教の正邪を論じ、看守さえも畏敬の念を抱くほど、牧口には、恐れや妥協は微塵も無かった。しかし、この闘争は、老年73歳の牧口の身にはあまりにも残酷なものであった。寒さもつのっていた。ただでさえ食糧難。まして獄中である。栄養失調が進み、体力が急速に衰えていった。ついに出獄することなく、昭和19年11月18日、牧口は東京拘置所の病監で亡くなった。逮捕(昭和18年7月6日)から502日目であった。
  • 国家悪と戦い抜いた牧口

東京刑事地方裁判所の取調室で1対1の取調べを受けた牧口は、仏法の正義を堂々と判事に説いた。そればかりか、言い足りなかったことを、後から文書で付け加えている。
「毎日サイバン所へ通って書いているが、一冊の本になります」(昭和19年5月8日の便り)
「一ヶ月も毎日書イテ、一冊ノ本トナリ」(同7月4日の便り)
残されている「訊問調書」のなかに、1カ所、「国家悪」という言葉がある。“今は国家そのものが悪になっている時代である”―これが牧口の認識であった。身をもって国家悪と戦い、権力悪と戦い、指導者悪と戦った牧口の実感でもあったであろう。

教育者・平和主義者・仏法者として、「国家主義」対「人間主義」の闘争に決然と挑んだ牧口の生涯は、獄中での死という、信念への殉教で幕を閉じる。しかしその精神は、生きて獄を出た弟子の戸田城聖、そして戸田の弟子である池田大作(現・創価学会インタナショナル会長)へと継承され、世界へと、大きく輝きを放ち始めた。