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「牧口常三郎」特集

【生涯編】1.生い立ち
  • 源流は砂浜の地から

明治4年、旧暦6月6日。牧口常三郎は柏崎県刈羽郡荒浜村(現在の新潟県柏崎市荒浜)に、渡辺長松とイネの長男として誕生した(幼名:長七)。父・長松は船乗りだったといわれている。賃雇いの船乗りたちの暮らしは厳しく、長松は北海道へ出稼ぎの途中消息を断つ。6歳の春、長七は、子宝に恵まれなかった叔父の牧口善太夫・トリ夫妻の養子となった。
  • 砂浜を黒板がわりに

小学校にあがった長七は、家業(回漕業)の荷物運びを手伝う中、読み書きに興味を覚え新しい知識をどんどん吸収していく。すぐに級友たちは「優等生の牧口」「 秀才の牧口」と一目置くようになった。手伝いで学校にいけなかった日は、決まって同級生から、砂浜を黒板がわりに、その日に習ったことを教えてもらうという熱心さであった。
  • 勉強給仕

向学の志が強かった長七は牧口善太夫の計らいもあり、14歳の頃、小樽へと向かう。小樽警察署の給仕として働きながら寸暇を惜しんで勉学に励み続ける牧口は、署員たちから「勉強給仕」と呼ばれ、署長もそんな勤勉な牧口を可愛がった。その後、署長のすすめで明治22年、札幌の北海道尋常師範学校(現在の北海道教育大学)へ入学する。当時の師範学校は1学年の生徒が10人程度で、進学・卒業までの試験も相当の難関であったが、牧口はすべて乗り越え、苦学の成果を見事に開花させた。